「浅川マキ」アングラに生きた偉人について語らせてください。

こんにちは、オバサーです。

今回は浅川マキという人について綴りたいと思います。

 

わたしは弾き語りをしてきましたが

唯一愛してやまない歌い手のひとりが

浅川マキさんでした。(3人くらいしかいないですけど…

 

わたしがこの方を知ったのは19歳の時でした。

弾き語りを始めたばかりの時

かなり年が上のバンドマンや、弾き語りをしている方々に

囲まれていて

 

歌ってる姿を見たある兄さんが

雰囲気が彼女に似てるから聴いてみたらいいよ、と

レコードを貸してくれたんです。

幸いにもうちにはレコードプレイヤーがあったので

聴いてみたところ、

こんな人がいるんだ…と。

 

わたしは16の時にアングラで生きていこう、

と決めていて(途中いろいろありましたが)

音楽業界はまだまだ元気だったので、湧きたつ中で

ひっそりやっていた孤独なわたしにとっては心強い存在でもありました。

今でも、ダビングしたカセットテープを大切に持っています。

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浅川マキの生涯

浅川マキという人の素性はわたしはあまり知りません。

歌を聴けば、その人がどんな人かわかってしまうので

それだけでいいかなとも思うし、プライベートなどは

かなりどうでもよいことではあります。

敢えて触れたくないことかもしれません。

 

わたしが知り得る限りの浅川マキという人は、

石川県出身であること。

いつも黒い服をまとっていたこと。

たばこをたくさん吸う人だということ。

彼女の背景にはとてつもない偉人ばかりがいたということ。

そして、傷を負った人だということ。

 

1967年シングルを発表、1968年に寺山修司さんに発掘され

彼女は開花し始めます。

1969年「夜が明けたら/かもめ」正式デビュー。

彼女の作品は廃盤が多くあります。

ご本人の意向によるもので、ご存命の頃から手に入りづらかったのを

よく覚えています。

2009年の年末、新宿ピットインで彼女のライブがありました。

わたしはちょうどその日はバイトで、知り合いから聞いていたので

終わったらすぐに駆け付けるつもりでいました。

けれどバイトが朝方まで長引き、結局行くことは

叶いませんでした。

バイトが終わった後、朝方の新宿ゴールデン街に行き

彼女がいるであろう付近で飲んではいたのですが。

年明け以降も公演があるため、浅川マキさんは地方へ。

年明け間もない1月、

名古屋滞在中に、いつまでたっても会場に現れない彼女の宿泊先に

行ったところ浴室で倒れているのが発見され

そのまま亡くなってしまいました。67歳でした。

 

そう、もう彼女の声に、姿に触れることは

二度と叶わない夢で終わってしまったのです。

 

寺山修司の世界

独特の世界観を持った、寺山修司が描く「浅川マキ」。

それは夜であり、影であり、闇。

そこに灯る街灯のような、ガス灯のような存在感。

そこは暗闇ですが、真っ暗ではなく。

低く、力強く、押しつけがましくない、深い優しささえ伺える声。

裏窓からは 夕陽が見える

洗濯干場の梯子が見える

裏窓からは

より添っているふたりが見える

 

裏窓からは 川が見える

暗いはしけの音が聞こえる

裏窓からは

ときどきひとの別れが見える

 

裏窓からはあしたが見える

三年前はまだ若かった

裏窓からは

しあわせそうなふたりが見える

 

だけど夜風がバタン

扉を閉じるよバタン

また開くよバタン

もうまぼろしは 消えていた

 

裏窓からは川が見える

あかりを消せば未練も消える

裏窓からは

別れたあとの 女が見える

引用:「裏窓」作詞 寺山修司/作曲 浅川マキ

歌を聴き、歌詞を見るだけで

匂いを感じることなんてそうそうないことです。

夏の匂い、街の匂い、夕闇の匂い。

わたしにとって

まだ見ぬ感性をたくさん引き出してくれた歌のひとつでした。

浅川マキの詩の世界

彼女の歌詞は一貫して、彼女自身が表現されています。

これが、当たり前のことではないとわたしは思います。

言い方とか言葉遣いではなくて

彼女の思考パターンそのものでしょうか、

この方はいくつも別れを繰り返し、そして振り返る人。

忘れない人。そしていつも何かに疲れ切っている人、それでも

奮い立たせて生きていた人、のように見えます。

あくまでもわたしの見方なのでそれぞれあるとは思うのですが。

 

彼女の歌は言うまでもなく

魂の歌ばかりで

ここでひとつだけ挙げるというのは至難の業なのですが

この歌だけはという歌を一つだけご紹介します。

でも歌詞だけ。

これはおそらくYouTubeでも出てこないと思います。

出たとしてもすぐ消えてしまう歌です。

 

夜明け前の闇が一番深く、しかしどこからか朝陽の匂いがしてくる、

そんな瞬間が浮かぶ歌でした。

 

「別れ」

 

疲れきった この体

でもまだぬくもりは あるさ

もうすぐ朝陽は昇るだろう

何ひとつ変わっちゃいないさ

またひとつ星が消えていく

 

去ってゆく その背中に

でもまだぬくもりはあるさ

今わたしが声をかけたなら

あなたはきっと振り返るだろうに

またひとつ星も消えていく

 

少しばかり時がたてば

誰もがわたしのことなど忘れるだろう

遠いところで呼んでるような

そんな気さえするのだが

またひとつ星が消えていく

引用:浅川マキ

 

アングラで生きるということ。

 

彼女と共演した数々の偉人達を語るのは

あまり意味がないことだと思い、

多くは書きませんでした。

それよりも、何かの機会に聴いて頂ければな、と思います。

メジャーのような明るさも、軽さもないその世界は

この世に堕ちる前を思わせる、んです。

どこまでもどこまでも深い、安心感。みたいなものです。

 

いわゆるアングラの世界は、

たしかに今も存在していて

そこでわずかな灯りをともして歌っている人が

たくさんいます。

売れるために作ったものではない、というところに

わたしはとてつもない真実を感じ、魂を感じてしまうんです。

どちらが良くて、どちらが悪いということでは、

当然ありません。

 

ただ、表現するという道を

一度パカッと開いてしまったのなら

自分の道を貫くべきだろうと

思うんです。

どんな職業でも言えることかもしれませんね。

生き方、逝き方。

もうすぐ彼女の命日がやってきます。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

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